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東京簡易裁判所 昭和49年(ハ)3281号 判決 1976年11月17日

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は原告日本興業株式会社に対し金五万円、原告尾前義圀に対し金五万円および右各金員に対する昭和四九年九月八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、訴外黄木康也は昭和四九年九月五日原告日本興業株式会社および原告尾前義圀に対し、いずれも、金額五万円・支払人第一勧業銀行京橋支店・支払地東京都中央区京橋・振出日昭和四九年九月五日・振出地東京都中央区・振出人黄木康也と記載した小切手一通宛を振出し交付した。

二、しかして、右小切手用紙は被告銀行で発行しているバンクギヤランテイチエツクの用紙であり、その表面には「額面金五万円以下でかつ金額訂正のない小切手をカードの記載事項にしたがつてお受け取りになつた場合には第一勧業銀行の保証が受けられます。」と記載されており、訴外黄木は右各小切手の裏面に自己のカード番号〇―三二三―八一八を記入し、これを原告らに交付した。これによつて被告は右各五万円の小切手の所持人に対し額面と同額の金員を支払う旨の債務負担の意思を表示したか、または右各五万円の小切手金の支払につき支払保証をしたものである。

三、原告らは右各小切手をそれぞれ昭和四九年九月七日支払のため呈示したが、いずれも支払を拒絶されたので、被告に対し右支払引受の意思表示または支払保証契約に基き、各金五万円およびこれに対する呈示の日の翌日である同年九月八日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被告の反対主張に対する原告の反論

かりに、被告主張のとおり本件小切手は約定と異なるカード番号が記載されており、かつ、カードの有効期限経過後の振出しであるとしても、

1  これらの事項は、被告とバンクギヤランテイチエツクの利用者である振出人黄木との間の契約によつて定まつているもので、第三者である原告らはこれらの契約内容を知り得ない。

2  小切手は不特定の第三者に対して振出されることを当然に予想されているから、被告の意思内容、あるいは前記条件はすくなくとも小切手面上の記載からのみ理解される範囲に限らるべきである。しかして本件小切手面上から理解される被告の意思内容あるいは保証の要件としては「額面五万円以下の訂正のない金額の記載」と「カードの記載事項に従つて受取つた場合」に被告銀行の保証が受けられるということだけである。したがつてカード番号、有効期限などについてはこれを知りうる手がかりがない以上、これらの要件の不備を理由に第三者である原告らに対して支払を拒むことは許されない。

五、かりに、前記債務負担または保証契約による各支払義務が認められないとしても、被告は原告らに対しつぎのとおり不法行為にもとづく損害賠償責任を負うものである。

1  本件小切手は銀行の支払保証つきであるからこそ経済的信用が高められて流通できるのであつて、受取人としてはまさにこの一点のみが信頼よりどころである。かかる制度を開発採用した被告銀行としては、自己の名の信用で流通している小切手の受取人の保護・安全について最大限の意を用い、受取人に損害を与えないように努める義務がある。即ち、不特定の第三者である本件小切手の受取人は被告銀行の保証の条件を知り得ないのであるから、これらの者に対し小切手面上にすくなくとも「カード」とは如何なるものであるかを説明したうえ、振出人に対し「カード」の呈示を求めよと明記することによつてカード番号、カードの有効期限などの要件を容易に知りうる機会を与え、保証の条件の欠ける小切手を受け取ることによつて不測の損害を受けることのないように措置すべき義務がある。しかるに、被告は受取人たる原告らに対しかかる条件を知りうる措置を全くとらず、各小切手面に不親切・不十分な記載をなし、そのため振出人がこれを悪用して受取人を欺罔し易い状況を作り出し、よつて原告らに有効なる銀行保証付きの小切手であると誤信せしめるような小切手用紙を訴外黄木に交付した過失によりつぎのような損害をあたえた。

2  原告らが本件小切手を取得したのは、同訴外人に対する合計金一〇万円の貸金の担保のためであるが、同訴外人は昭和四九年七月分までの利息ならびに遅延損害金は支払つたものの、その後残元金合計一〇万円およびこれに対する昭和四九年八月一日以降完済まで月八分の割合による遅延損害金を支払わない。しかして、同訴外人は同年七月ごろまでは春日部市大字大枝八九武里団地一―九―三〇六に居住していたのであるが、同年八月ごろから同所に居住せず、遂に今日に至るまでその行方が不明であるので、原告らは同訴外人から前記貸金の返済をうけることができず、右のとおり不測の損害を蒙つたものであるから、右損害額中請求の趣旨記載のとおりの請求をする。と述べた。

被告代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、

一、第一次の主張に対する答弁<省略>。

二、原告の主位的請求原因に対し被告はつぎのとおりの反対主張をした。

(一)  被告銀行(取扱店京橋支店)は訴外黄木との間で昭和四七年七月二五日左記のような「バンクギヤランテイチエツク約定書」を締結した。

借越限度額 金三〇万円

借越期限 昭和四八年八月末日

特約 同訴外人がバンクギヤランテイカード(以下カードという)を呈示の上、振出す額面金五万円以下のバンクギヤランテイチエツクについては被告銀行に支払いの保証を委託し、被告銀行はこれを受託する。この場合、カードは有効期限に限り使用するものとする。

口座番号 〇二四―〇―三二三―八一八

カード番号 六八二―〇〇三

(二)  その後借越期限は更新され、昭和四九年八月末日となつた。

(三)  同訴外人は本件小切手二通を原告ら宛に振出したが、原告らは右小切手受領の際同訴外人からカードの呈示を求めず、カードの記載事項に従つて小切手を受取つていなかつた。即ち、カードの記載によれば、同訴外人のカード番号は原告主張の「〇―三二三―八一八」ではなく「六八二―〇〇三」であり、かつカードの有効期限は「昭和四九年八月末」と明記されている。

したがつて、約定と異なるカード番号が記載されておりかつ有効期限経過後の振出日の記載のある本件二通の小切手については被告銀行は支払保証する義務がないので原告らの本訴請求は失当である。

三、原告の不法行為を原因とする予備的請求原因の主張は争う。<以下、事実省略>

理由

第一次の請求原因に対する判断

原告主張の請求原因事実第一、二項の事実は、訴外黄木が本件各小切手に自己のカード番号を記載したこと、並に被告が本件各小切手の所持人に対し額面と同額の金員支払債務負担の意思表示をしたか、または本件各小切手金支払の保証をしたとの点を除き当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、被告銀行のバンクギヤランテイチエツク制度は、被告銀行と当座貸越契約並に小切手保証契約を結んだ顧客が、同銀行からバンクギヤランテイチエツク用紙並にバンクギヤランテイカード(以下単にカードという)の交付をうけ、バンクギヤランテイチエツク帳表紙裏面の注意事項に従つて小切手を振出した場合、即ちカードを呈示した上、金額の訂正のない額面金五万円以下の小切手を振出した場合には、約定の期間内に限り、貸越残高の有無に拘らず保証することを約したものであることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

しかして<証拠>を総合すれば、訴外黄木は、本件各小切手を振出す際、カードを所持していなかつたため、自己の預金口座番号がカード番号と同一であると誤信し、カード番号と異なる預金口座番号を記入したこと、その際原告らにおいて同訴外人に対しカードの呈示を求めなかつた事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

しかも前記争いのない事実によれば本件各小切手の振出日はいずれも約定の保証期間の後であることはあきらかである。

されば、被告銀行の本件債務負担行為が単独行為であるか契約であるかの判断はしばらくおき、そのいずれであるとしても、右は被告主張の条件付であつたことは明らかであつて、同訴外人による本件各小切手の振出が右条件に反してなされたこともまた明白であるから、被告銀行は原告らに対し小切手金支払の債務を負担するものでないといわねばならない。

原告らは、被告主張の本件小切手振出に関する特約は第三者である原告らはこれを知るに由ないから、これを以つて原告らに対抗できない旨抗争するけれども、本件各小切手には「小切手をカードの記載事項にしたがつてお受け取りになつた場合には第一勧業銀行の保証が受けられます」という記載があることは前段認定のとおりである。この記載は、小切手の受取人が銀行の保証を欲するならば必らずカードの呈示を受くべき旨を示唆していることは明らかであり、受取人はカードを見さえすれば振出人、被告銀行間の特約を知ることができるわけであるから、この点に関する原告らの主張は採用できない。

果して然らば原告らの第一次の主張は失当で棄却を免かれない。

第二予備的請求原因に対する判断

原告らは、本件のように銀行支払保証付小切手の振出を承認した被告銀行としては、小切手の受取人の保護・安全について最大限の意を用い受取人に損害を与えることのないように努める義務がある。即ち小切手の受取人は被告銀行の保証の条件を知り得ないのが通常であるから、小切手面に、すくなくとも「カード」とは如何なるものであるかを説明した上、振出人に対し「カード」の呈示を求めよと明記することによつて、受取人に対し、カード番号・保証期限等の諸条件を知りうる機会を与え保証の条件の欠ける小切手を受取ることによつて不測の損害をうけることのないよう措置すべき義務があると主張するけれども、前段認定のとおり、本件銀行保証小切手の表面には「カードの記載事項にしたがつてお受取りになつた場合には銀行の保証が受けられます」と記載されているから、小切手金の支払につき銀行保証を受けようとする受取人はカードの記載事項を知るためには、特段の事情がない限り先ずカードの呈示を求めることを必要とすることは自明の理である。

そして、<証拠>によれば、本件銀行保証小切手契約に際し、訴外黄木に交付されたカードにもカード番号・有効期間等小切手保証の有効要件の記載がなされていることを認めることができこの認定をうごかすに足りる証拠はない。したがつて、本件各小切手には小切手受取人に対し保証の条件を知らしめるにつき、必要にして十分な記載があるものということができるから、被告銀行になんらの過失をも認めることはできない。

なお<証拠>によれば前記注意書は各小切手表面に特に朱書してあることを認めることができるから、この点からも被告銀行は右条件を周知せしめるにつき相当の配慮をしたものと評価することができよう。

以上のしだいで被告銀行にはなんらの過失がないから、原告らの不法行為を理由とする予備的主張はその他の争点の判断をするまでもなく失当で棄却を免かれない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(満田文彦)

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